内藤久夫/韮崎市長選挙の経歴や家族は?年収や選挙結果も!

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市長

任期満了に伴う韮崎市長選(2022年11月6日告示、11月13日投開票)で、内藤久夫氏が出馬の意向を表明しました。
こちらのページでは、内藤久夫氏の

・経歴
・家族
・年収
・選挙結果

などについて記事を書いていきます。

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内藤久夫/韮崎市長選挙の経歴は?

内藤久夫氏のプロフィールを簡単にまとめてみました。

名前 内藤久夫(ないとうひさお)
生年月日 1954年2月25日
出身地 山梨県韮崎市
最終学歴 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
職業(前職) 製造業社長・韮崎市商工会長
趣味 不明(非公表)

内藤久夫氏は1954年に山梨県韮崎市で生まれ、高校卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に入学しています。

大学を卒業したのちは、日立金属に就職後、1980年に家業の段ボール製品製造業である内藤製材所(現:株式会社内藤)に入社しています。

1987年に、同社社長に就任したのち、2012年に韮崎市商工会長に就任し、2014年11月の韮崎市長選挙に無投票で初当選しました。

なお、父親の登氏も昭和53年から4期、市長を務めています。

内藤久夫氏 公式サイト

内藤久夫氏 Facebook

内藤久夫/韮崎市長選挙の学歴は?

内藤久夫氏が卒業した高校は山梨県立韮崎高等学校、卒業した大学は慶應義塾大学法学部政治学科と記載がありました。

出身高校は?

山梨県立韮崎高等学校は山梨県韮崎市に所在する県立の高等学校であり、通称韮高(にらこう、又は、にらたか)と地元で呼ばれています。

卒業生には元サッカー選手の中田英寿さん、ノーベル生理学・医学賞受賞者の大村智さんなどがいらっしゃいます。

部活では特にサッカー部が有名であり、1975年の高校総体では優勝、選手権大会ではベスト4進出11回、うち5回決勝進出した記録を持つ強豪です。

出身大学は?

内藤久夫氏が入学した慶應義塾大学は、1920年に設置された私立大学です。

カリキュラム制定をはじめとする近代的教育システムのほとんどを日本で最初に導入した学校として知られる大学であり、卒業生は古くから官吏、教育界、経済界で活躍する人材を輩出していることからも、日本では非常に権威と影響力を持つことでも知られています。

内藤久夫/韮崎市長選挙の家族は?

家族構成についてですが、内藤久夫氏が株式会社内藤の社長を務めていた当時のブログにて、既婚であり、娘さんと息子さんの存在を明かしている記述がありました。

ブログ上では、毎年の母の日や父の日などでお子さんからプレゼントを貰ったことに関する記事などをあげており、家族間の仲の良さを感じられる内容も見られます。

ご家族それぞれのお名前等の詳細の情報は見当たりませんでした。

内藤久夫/韮崎市長選挙の年収は?

内藤久夫氏はこれまで韮崎市長を2期務めています。

参考として、韮崎市長の給与月額は762,000円との記載がありました。
(参照:市職員の給与及び定員管理について/韮崎市

このことから、韮崎市長の給与を年収に換算すると、

762000円 ✕ 12ヶ月 =9,144,000円

期末手当が年間の支給割合で4.05ヵ月分=3,086,100円支給されますので、おおむねの年収は合計で12,230,100円の計算となります。

内藤久夫/韮崎市長選挙の実績や評判は?

内藤久夫氏は先述の通り、直近では韮崎市長を務めています。

2014年に内藤氏が無投票で初当選した際は、「市民との協働」を強調し、小規模企業を支援する条例の制定や、穂坂地区にワイナリーを核とした観光複合施設を整備する「赤ワインの丘プロジェクト」の推進などの政策を掲げました。

「赤ワインの丘プロジェクト」については、中核施設となる本坊酒造(鹿児島市)のマルス穂坂ワイナリーが2017年に完成しており、穂坂地区の継続した地域振興に貢献しています。
(参照:韮崎市と本坊酒造、ワイナリー新設で協定 穂坂地区「赤ワインの丘プロジェクト」 山梨 – 産経ニュース)

過去掲げた公約についても進捗の実績があり、無投票ながら、2期もの間市長を務めた実績があることからも、市民からの期待も厚いものであると思われます。

また、市長としての実績以外では、ダンボール製品の製造·販売を主な事業とする株式会社内藤の代表取締役社長も務めており、日本で現在普及している災害用ダンボールは、阪神淡路大震災を契機に全国でいち早く自社が生み出した製品と自負していると語っています。
(参照:内藤について – 株式会社 内藤 | 山梨県のダンボール製品の製造販売なら)

内藤久夫/韮崎市長選挙の公約は?

内藤久夫氏は今回の市長選挙において、現時点で公約をまとめた形では公表していません。

1期目は先述の通り、小規模・中小企業を支援する条例の制定のほか、ブドウ産地の穂坂地区にワイナリーを誘致し、周辺整備を含む「赤ワインの丘プロジェクト」を推進するなどを公約に掲げました。

2期目の出馬時には「若い人の起業を支援していきたい」と述べ、定住促進など人口減対策に力を入れていく考えを強調しており、「郷土愛があり、県外に出ても韮崎に帰ってくる子供を育てる政策を推進していきたい」と語っています。

今回の3期目に向けた出馬においても、これらの政策の継続した強化を公約に取り込んでいくものと思われます。

内藤久夫/韮崎市長選挙の立候補した理由は?

内藤久夫氏は韮崎市長選出馬において、6月13日の市議会で行われた一般質問の答弁以下のように語っています。

「すべての市民が穏やかに安心して暮らせる確かな社会基盤や財政基盤を構築し、健全で持続可能な社会を作ることが私たちに課せられた責任と使命であり、子どもたちに自信と誇りをもって韮崎市を引き継いでいかなければならない。

今後も私はその先頭に立って舵取りを行い、全身全霊をかけて市政を担っていく」

これまで実践している地域振興政策や、人口減対策に引き続き取り組み、韮崎市の継続した基盤構築に3期目も取り組んでいきたい、という思いを持って出馬に至ったものと考えられます。

内藤久夫/韮崎市長選挙の選挙結果は?

過去、内藤久夫氏は韮崎市長選に2回出馬しています。

過去出馬した韮崎市長選の結果は以下の通りです。

韮崎市長選挙
(2014年11月16日投票)
無投票(当選)
韮崎市長選挙
(2018年11月11日投票)
無投票(当選)

内藤氏が出馬した過去2回の韮崎市長選挙はいずれも無投票当選の結果となっております。

最後に投票が実施された市長選は、2010年11月7日投票の市長選であり、当時の投票率は45.75%です。

内藤久夫/韮崎市長選挙の引退の可能性は?

内藤久夫氏の引退の可能性について調べてみましたが、引退についての情報は得られませんでした。

長年山梨県韮崎市で活動を続けており、市政への強い思いを考慮すると、現時点で引退を考えている可能性はないと思います。

まとめ

地元山梨県韮崎市を中心に活動基盤を築き上げてきた内藤久夫氏。

現段階で韮崎市長選挙には内藤久夫氏のほかに立候補表明者は表れていません。

約8年にわたり市長を務めた実績のある内藤久夫氏が今回も無投票当選となるのか、もしくは新たな政策を掲げる立候補者が表れるのか、注目される選挙であると思われます。

最後までお読みいただきありがとうございました。