牧野光朗/飯田市長選挙の経歴や家族は?年収や引退の可能性についても! | 選挙立候補者研究所

牧野光朗/飯田市長選挙の経歴や家族は?年収や引退の可能性についても!

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市長

任期満了に伴う長野県飯田市長選挙は10月18日に行われます。
告示日は10月11日で、5選をめざす現職の牧野光朗さんと昨年3月まで牧野さんの下で8年間副市長を務めた佐藤健さんの2人がともに無所属で立候補を表明しています。1年前まで二人三脚の2人が

一転、12年ぶりの市長選でその座を争うことになっています。

今回は、現職の牧野光朗さんの、

・経歴
・家族
・年収
・引退の可能性
・選挙結果や得票率

について記事をまとめてみたいと思います。

 
 

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牧野光朗/飯田市長選挙の経歴は?

飯田市長選挙に立候補を表明している牧野光朗(まきの みつお)さんの経歴は次の通りです。

名前:牧野 光朗(まきの みつお)
生年月日:1961年8月16日
出身地 :飯田市
出身校 :早稲田大学政治経済学部卒業
趣味  :不明
好きな言葉:不明

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牧野光朗さんは、大学卒業後日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。富山事務所調査役、企画部調査役、フランクフルト事務所長、大分事務所長を経て2004年3月同行退職しました。

そして同年10月、4人が争った飯田市長選に立候補、2位に約3,400票の差をつけて当選しました。2008年10月の2期目の選挙は圧勝して再選。2012年、2016年は対立候補がなく2回連続無投票当選を果たしています。

市長として、旧工業高校施設の利活用の方策として「田園型の国際学術研究都市」の実現に取り組んだ他、全国で初めて交差点の信号を撤去して「ラウンドアバウト」を導入し全国に情報発信したり、また中山間地に位置する自治体としてさまざまな活性化策に取り組んでいます。

飯田市の地域づくりのベース、「まちづくりの主体は住民であり、行政はそれを支援する、黒子に徹する」という考え方の具体化である「飯田モデル」の先進性はつとの知られているところです。

牧野光朗さんは、他の役職として南信州広域連合長、全国市長会副会長、第10期中央教育審議会臨時委員、教育再生実行アドバイザー、定住自立圏構想の推進に関する懇談会委員など信州圏域はもちろん国の審議会等の委員なども多数併任しています。

また『円卓の地域主義-共創の場づくりから生まれる善い地域とは-』 (編著 事業構想大学院大学出版部 平成28年2月)という著書もあります。

牧野さんは、5選をめざす今回は、早くも今年の2月議会で立候補を表明しています。報道によれば、牧野さんは4期16年の実績について、市立病院の機能強化や高齢者福祉施設の民間活力導入による増設など「医療福祉の充実に努めた」ことなど成果に挙げ、7年後に迫るリニア中央新幹線開通をにらみ「次の4年間は重要な時期。国、県、JR東海などとの信頼関係の継続が必要」として5期目に意欲を示し、市政の継続の重要性を訴えています。

牧野光朗さんは43歳で市長就任後、2期目は有力な候補の出馬で厳しい選挙戦でしたが、その後は2回とも無投票ということで、飯田市民の信頼の強さが窺われます。

 
 

牧野光朗/飯田市長選挙の家族は?

牧野光朗さんは、公私の区別を明確にされているようです。

後援会のホームページの「プロフィール」は、赤ちゃん(たぶんお孫さん)を抱いている写真が一枚掲載されているだけです。

他なにもありません。牧野さんの公私の区分けの考え方が示されているように感じます。奥さんはもちろん、写真から子どもさんもいらっしゃるようですが詳しくは分かりません。

牧野光朗/飯田市長選挙の年収は?

牧野光朗さんは飯田市長の現職なので、

市長報酬は一ヶ月92万5,000円、期末手当は年3.350ヶ月分となっています。
したがって、
年収は、92万5,000円×12ヶ月     =1,110万円
期末手当は、92万5,000円×3.35ヶ月分 = 309万8,750円
合計で、

1,419万8,750円になります。

牧野光朗/飯田市長選挙の引退の可能性は?

牧野光朗さんは今年の2月議会で5戦出馬を表明しています。

牧野光朗/飯田市長選挙の選挙結果や得票率は?

牧野光朗さんのこれまでの市長選の結果と得票率は、

2004年選挙の得票率は、35.55%で当選
2008年選挙の得票率は、71.04%で当選
2012年、2016年は無投票で当選

となっています。

まとめ

牧野光朗さんは、5選への挑戦の決意を半年以上前に表明しています。無風が予想されるなら6月議会での表明が一般的だと思われますから、既に年明け段階で佐藤健さんの立候補の動きが見られたのかも知れません。

牧野光朗さんが飯田市市長に就任したのは、200年4月のいわゆる地方分権改革の4年後で、「国と自治体は対等、平等」という法律を武器に、全国で独自の自治体運営、自治体自治の充実を目指す取り組みが競うように行われている頃です。牧野光朗さんは、ひょっとしてその分権改革下の自治対運営に大きな可能性を見てとって、政策銀行マンから自治体政治家へと人生の転換を図ったのかもしれません。例えそうでなかったとしても、地方分権という明治維新以来とも言われる大改革が自治体を席巻するなかでの市長就任後は分権改革が大きな武器になったに違いありません。

その証拠に、飯田市の牧野市政は、早期の自治基本条例の制定に象徴されるように、「主役は住民、行政は黒子」という基本的な考え方で住民自治を重視して運営がなされてきているのが大きな特徴の一つです。これは分権改革に根ざす取り組みであると高く評されてもいます。
その「飯田モデル」による取り組みは、全国的に注目を集め、「自治」のあり方に奮闘している全国の首長、議員らに「飯田市」の名を知らしめているともいえます。その源が5期目をめざす牧野光朗さんというわけです。

しかし、いかに業績が素晴らしくても、それはその自治体の有権者の大勢にはなかなか分かってもらえません。「首長は長くて3期」という言葉もあるように、政策・施策の評価に関わりなく長くなれば市民から飽きられがちです。

初回こそ厳しい選挙だったようですが、2期目は大差で勝利、3,4期目無投票で、今回は8年間共に市政運営に汗を流した元副市長が相手です。これまでと違った格段に厳しい選挙戦が予想されます。全国市長会の副会長という要職を務めるなど、牧野光朗さんは自治体政治家の重鎮とも言えます。
飯田市の有権者がどれだけ、牧野さんを理解し、飽きることなく支持を表明するか、その判断が待たれます。

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