井戸実/ステーキのけんの年収や兄家族は?借金や現在についても!

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人物

今回は、「ステーキハンバーグ&サラダバーけん」で知られる、株式会社エムグラントフードサービスの創業者であり、元代表取締役社長を務めた井戸実氏について記事をまとめたいと思います。

井戸実氏の

・学歴
・経歴
・現在
・年収
・家族

などの情報を調べていきます。

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井戸実経歴や学歴は?

井戸実氏の経歴や学歴についてまとめていきます。

井戸実の経歴は?

名前 井戸実(いどみのる)
生年月日 1978年1月19日
身長 非公表
出身地 神奈川県川崎市
最終学歴 非公表
職業 実業家

井戸実氏は、1978年、神奈川県川崎市に生まれます。

中学生のころから寿司職人になることを志しており、卒業と同時に寿司職人となることを目指していたものの、両親に説得され、高校へ進学。

卒業の後、アルバイト先の店長の紹介を受け、1998年に「築地すし好」へと入社します。

30歳までには自分の店を、という信念を持ち、必死に修業した結果として入社から2年ほどでカウンターで寿司を握れるほどにまで成長。

しかし、雇われの職人では経営を学ぶことは出来ないことから、3年ほどで退職を決意。

2001年、飲食店の立ち上げや運営を学ぶべく、「レインズインターナショナル」へ入社。

店舗運営の流れを学ぶと供に、不動産方面のノウハウも吸収したとされ、在籍時の営業成績はトップクラスのものであったとされています。

2003年に、業態開発を学ぶべく「小林事務所」2004年には飲食店を始めたい人と物件オーナーを仲介する事業を行っていた「店舗流通ネット」へと転職。

この頃、売りに出ていたレインズインターナショナルの店舗をおよそ1200万円で購入したことで、目標の30歳より4年も早い、26歳にして井戸実氏は自分の店を手に入れています

井戸実氏の最初の店は東京都目黒区に構えた居酒屋業態で、「感菜」という店名でした。

ただし、「店舗流通ネット」での仕事をしながらということもあって、運営に全力を傾けることは出来ず。

また、この際の店舗購入で借金を抱えており、「小林事務所」時代の友人に店舗を任せることにしたようです。

2005年、上司の誘いに乗り「ワイズフードシステム」に取締役として参加。

2006年、郊外のロードサイド店舗6店舗をスタッフごと経営権を買い取る案件に際し、卸業者より出資を受け、「株式会社まいど」を起ち上げて社長に就任。

同年7月、南柏に「ステーキハンバーグ&サラダバーけん」を出店したタイミングで経営権を買い取り、同時に「株式会社エムグラントフードサービス」を設立しています。

社名は、井戸実氏のみのるのMと与える、叶えるといった意味を持つGRANTから作られた造語であるようです。

その後、順風満帆に店舗数を最盛期で238店舗まで増やしていった井戸実氏ですが、様々な要因からやがて失速。

2020年3月16日に、東京地裁より破産手続開始の決定を受けています。

井戸実氏も破産手続きを受けていますが、井戸実氏個人としては2021年1月に免責の決定が下されており、2021年3月にフランチャイズ加盟支援事業を行う「株式会社ミッションコンプ」を設立し、会長を務めています。

井戸実の本名は?

井戸実氏は本名であると考えられています。

井戸実の学歴は?

井戸実氏の学歴ですが、工業高校卒になります。

井戸実の出身高校は?

井戸実氏は、出身高校を公表はしていませんでした。

中学卒業と同時に寿司職人という道筋を描いていたため、特に受験勉強などはしていなかったものと推定されます。

両親の説得から高校進学を決めたものの、それは仕方なくの進学であり、何かを学ぶ意思はなかったのでしょう。

市内で最も偏差値の低い工業高校を選んだ、ということだけは明かしているようですが、学校名については触れていません。

卒業後は当初の予定通り、寿司職人として修業をスタートしており、この頃にはすでに決めた道を進むという意思の強さが伺えるエピソードとなっています。

井戸実の仕事は?

井戸実氏は「株式会社ミッションコンプ」会長として、FC展開を目指す飲食企業のプロデュースなどの支援のほか、焼き肉店の「肉流通センター」を運営しています。

現在でこそ堅調な営業スタイルを取っているようですが、かつての井戸実氏はロードサイドのハイエナという異名で知られていました。

幹線道路沿いなど、交通量の多いエリアの潰れた飲食店をターゲットに居抜きで買い上げ、時にはスタッフもやや強引に引き抜くなど、力押しな経営スタイルで名を馳せました。

その頃の井戸実氏は、荒っぽく攻撃的な発言が目立ち、業界大手のファミレスチェーンを敵に回してしまいます。

その後、主力であった「ステーキハンバーグ&サラダバーけん」を真似た業態を近隣に出店されるなど、最終的に仕入れコストの差で縮小を余儀なくされるなど、自らの発言のツケを払わされることとなります。

ただ、そうした過去の失敗を糧に、現在の井戸実氏は路線変更を果たしているようです。

井戸実の家族は?

井戸実氏は比較的結婚が速かった模様で、息子がいることがわかっています。

井戸実氏の経営が軌道に乗る前などは、この妻の収入で生活していた時期があることも知られています。

名前など詳細は明かしていませんが、息子さんは2006年頃の生まれであるようです。

ただ、他にも子供がいるかなどの、プライベートは公にはしていません。

井戸実氏ご自身は三人兄弟三男であるとお話しされています。

長兄は井戸実氏と一緒に「株式会社エムグラントフードサービス」で働いていたとされますが、現在の去就までは情報がありませんでした。

次兄もやはり飲食業界の人間であるようで、「KID’S」という会社の副社長を務めていたことが明かされています。

このKID’Sの1号店の物件紹介などは、営業マン時代の井戸実氏が担当したというエピソードもあるようですね。

井戸実氏とこの次兄との間で、過去になにやら揉め事があったようですが、関係は修復されているとしています。

2010年度の飲食業成長率で、エムグラントフードサービスとKID’sが1位・2位を獲得したこともあります。

その1位・2位獲得を知った母親から「恐ろしい兄弟ですね」とメールが来たらしく、井戸実氏は「恐ろしい兄弟に育ててくれた事に改めて感謝します!」と返信されたのだとか。

兄弟がみんな飲食というのも珍しいですが、揃って成功を収めているパターンなど、そうそうあるはずもありません。

母親としても、信じられない気持ちだったのでしょうね。

井戸実の年収や月収は?

井戸実氏は、エムグラントフードサービスの最盛期には、年収が2億円であることを公開していました。

ただ、現在の井戸実氏は「株式会社ミッションコンプ」会長、「株式会社 TWENTY NINE」取締役会長という肩書に変わっています。

こちらは共に、規模感としては中小企業となるようです。

ただ、どちらの会社にも井戸実氏とは別に社長がおり、会長職がどの程度の権限を持つかはその企業によるところが大きく、現在の井戸実氏の年収は、参考になる資料も見つかりませんでした。

井戸実氏が一時破産にまで至った大きな要因として、エムグラントフードサービス時代に抱えた借金があります。

2012年、当時のエムグラントフードサービスの財務担当者が、詐欺にかかってしまい、これによって6億円を失ったとされています。

その穴埋めをするために高利の借金を背負うこととなり、それが最終的には10億にまで膨れ上がってしまったことで、2020年の破産へと至っています。

まとめ

今回の記事では、井戸実氏について記事をまとめてみました。

かつては過激な発言で、炎上と呼ばれるような状況を度々、作り出してしまっていた井戸実氏。

衰退の速い飲食業界で生き抜くことが、いかに難しいかを教えてくれる存在でもありますね。

そうは言っても、成功の味と失敗の味を両方知った井戸実氏です。

現在も飲食の携わっている以上、遠からず、また何か仕掛けてくるのではないでしょうか?

これからの井戸実氏にも注目していきたいですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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