藤井浩人/美濃加茂市長選挙の経歴や家族は?年収や選挙結果も!

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市長

任期満了に伴う美濃加茂市長選挙(2022年1月16日告示、1月23日投開票)に新人の藤井浩人氏が当選を目指して立候補する意向を表明されていますので藤井氏に関する情報をまとめています。

藤井浩人氏の

    ・経歴
    ・学歴
    ・ご家族
    ・年収
    ・実績や評判
    ・公約
    ・その他

などについて記事をまとめていこうと思います。

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藤井浩人/美濃加茂市長選挙の経歴は?

名前 藤井浩人(ふじいひろと)
生年月日 1984年7月25日
出身地 岐阜県美濃加茂市蜂屋町
最終学歴 名古屋工業大学工学部システムマネジメント工学科卒業、同大学大学院工学研究科産業戦略工学専攻中退
職業(前職) 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所(中村伊知哉研究室)研究員、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
趣味 サッカー、スポーツ応援

藤井浩人氏は、地元の岐阜県美濃加茂市蜂屋町出身です。お父様は警察官とのことです。

大垣市立東小学校から美濃加茂市立西中学校、岐阜県立加茂高等学校へと進み、名古屋工業大学工学部システムマネジメント工学科を卒業しました。

その後、2009年に同大学大学院工学研究科産業戦略工学専攻課程を中退し、学習塾の塾長を始めました。

翌2010年に美濃加茂市議会議員選挙に無所属で立候補して、26歳でトップ当選しました。

2013年には渡辺直由市長が病気療養による辞職に伴う市長選挙に無所属で立候補して、市議会最大会派が擁立し自民党が推薦した候補を破り、全国最年少の28歳で当選しました。

なお、投票日翌日に自民党に入党しました。

しかし、翌2014年6月24日に事前収賄などの疑いで逮捕され、7月15日付で起訴されました。

逮捕当日、自民党岐阜県連から除名処分を受け、名古屋拘置所から8月25日に釈放されるまでの間に、市議会によって、問責決議案を賛成多数で可決されています。

1審では無罪(2015年3月15日)となったものの、2審では逆転有罪(2016年11月28日)、3審で上告棄却されて有罪が確定する(2017年12月26日)という経緯を辿りました。

藤井氏は一貫して無罪を主張し続け、裁判を戦いながら市長を続けてきましたが、公職選挙法の定めにより、有罪確定を受けて2017年12月14日、市長を辞職しました。

新市長には藤井市政の継続を掲げた伊藤誠一氏が当選し就任しています。

2018年6月から、自由民主党の金子俊平衆議院議員の東京事務所で私設秘書として活動を開始しました。

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所(中村伊知哉研究室)の研究員にも就任しています。

2020年には、情報経営イノベーション専門職大学の客員教授へ就任しました。

金子議員の私設秘書については、2021年10月の衆院選に同議員が当選し、藤井氏は翌11月末に退職しています。

2020年12月26日に執行猶予が満了し、選挙権及び被選挙権が復活して今回の選挙に立候補できることになりました。

藤井氏は執行猶予が満了した現在でも無罪を主張していて、新証拠を提出して再審請求中です。

藤井浩人同志会 公式サイト

藤井浩人 前美濃加茂市長 Twitter

再審請求中の藤井浩人前市長 美濃加茂市長選に出馬表明

「潔白の証明望む」藤井浩人前美濃加茂市長が再審請求へ

「無実の罪晴らしたい」藤井浩人前美濃加茂市長が再審請求

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の学歴は?

藤井浩人氏の学歴は岐阜県立加茂高等学校卒業、名古屋工業大学工学部システムマネジメント工学科卒業、同大学大学院工学研究科産業戦略工学専攻中退になります。

出身高校は?

岐阜県立加茂高等学校は、1911年に前身の加茂郡立農林学校として設立されました。現在の名称になったのは1948年です。

現在は、全日制普通科・理数科、定時制普通科になっています。

出身者には半沢直樹シリーズを書いた池井戸潤さんなどがいます。

出身大学は?

名古屋工業大学は、1949年に名古屋工業専門学校と愛知県立工業専門学校を前身として設置された国立大学です。

名古屋工業専門学校は1905年に名古屋高等工業学校として、愛知県立工業専門学校は1943年に愛知県立高等工業学校として、各々創設されています。

現在、学部の他、大学院や短期大学を設置しています。

学部は工学部のみで、その下に生命・応用化学科、物理工学科、電気・機械工学科、情報工学科、社会工学科が設けられていて、各学科で大学院博士課程を有しています。

藤井氏が卒業されたシステムマネジメント工学科は、現在は社会工学科に含まれるということでしょうか。

また、学部・大学院6年間一貫過程として創造工学教育課程を、名古屋市立大学との共同大学院として創薬等を目的とする共同ナノメディシン科学専攻課程を設置しています。

修業年限5年間の夜間学部として、工学部(第2部)も設けています。学科は、物質工学科、機械工学科、電気情報工学科、社会開発工学科です。

社会人イノベーションコースも設置されています。

エンジニアリングを通して様々な貢献を模索する、とても創造的な機関という印象を受けました。

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の家族は?

藤井浩人氏の家族は、奥様とご子息2人との4人家族です。

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の年収は?

藤井浩人氏は2021年11月末まで国会議員の私設秘書をされていましたので、これも含めて2021年分を調べてみましたが、見積もりは困難でした。

各々の職業の大まかな相場は、次の表のとおりになると思われます。

大学卒の研究者の初任給は平均約300万円との情報もありますが、藤井氏は市長としての経験を買われたと思われるので、通常の平均を採りました。

国会議員の私設秘書(正規職員の場合):240万円~600万円
大学の一般の研究員(正規職員の場合):450万円~650万円ほど
客員教授:無償~数百万円ほど

「私設秘書のみ正規職員か、何れも正規職員ではない。年収は400万円~1,000万円ぐらい。」と見るのが妥当かと思われます。

国会議員秘書の年収

研究者の年収1

研究者の年収2

キャリアガーデン-研究者の仕事3

大学の研究員の年収4

客員教授とは

情報経営イノベーション専門職大学のホームページ
※藤井氏が元々所属していた慶應義塾大学の研究室の主である中村伊知哉教授が学長を務めています。

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の実績や評判は?

藤井浩人氏は、2013年~2017年の市長在任中は企業誘致や中山間地の活性化などに努められました。

市政への評価も含めて大人気の市長であったことは、起訴されて有罪判決が出ているにも関わらず繰り返し再選されたことや、藤井氏辞職後に藤井市政継続を掲げた伊藤誠一氏が当選していることから明らかでしょう。

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の公約は?

藤井浩人同志会の公式サイトを見ると、公約は推敲中でした。

しかし、現職の伊藤誠一市長の市政そのものが藤井氏の市政の継承であったため、基本的には伊藤市長と同じ政策と思われます。

藤井氏は、記者会見で次の政策も示されていました。

➀市役所の手続きの効率化
➁新庁舎建設の見直し
➂市民の本当の声を聴く場の設置
 …美濃加茂市も含めてどの自治体も課題解決に取り組んでいるが、優先順位を市民に問う。
➃価値観の多様化への対応

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の立候補した理由は?

藤井浩人氏は、大学院生時に東南アジアを周遊し、海外における日本の評価の高さや先人への感謝の思いと、自分自身も含めて、このままの生活を続けていて世界の中の日本は大丈夫なのだろうかとの強い思いが、自分の信念の原点であることを公式サイトで語られています。

若くして美濃加茂市議会議員、美濃加茂市長として活躍して来られましたが、収賄容疑で有罪判決を受けてしまいました。

執行猶予が満了し、選挙権・被選挙権を回復した藤井氏は、今回の選挙に立候補するに当たり、 「できるだけ早く美濃加茂市長という立場に挑戦したいという思いがあった。新庁舎建設について場所や費用などを見直すという前提で、広く市民の意見を聞きたい」「自らが市長にならなければ新庁舎建設の見直しは難しいと感じた。」と話されていました。

藤井氏にとって、自らの路線継承を掲げて初当選した伊藤誠一氏との争いになります。

このことについては、 「現在の市長には自らの路線を継続していただいて本当に感謝している。」「私情を越えて立候補に踏み切った。伊藤氏とは直接何度も話をしたが、私が進めてきた市政の路線とは違う部分がある。」「話し合いで伊藤氏に不出馬を要請したことはない。」「選挙ではなく話し合いで調整することも考えたが、『戦う』のではなく政策をオープンにして有権者に判断してもらう場として選挙を活用することにした。」「現在の市政全般には不満はない。ただ、現在はもっと多くの人の意見を聞けるし聞くべき時代。」と話されていました。

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の選挙結果は?

藤井浩人氏は2010年に美濃加茂市議会議員選挙に立候補してトップ当選されています。

2013年に渡辺直由市長が病気療養による辞職に伴う市長選挙に無所属で立候補して、市議会最大会派が擁立し自民党が推薦した元市副議長の森弓子氏を破り当選しました。

その後、逮捕・起訴されて無罪の判決を得ましたが、2審で逆転有罪(2016年11月28日)となったために、2017年1月に出直し選挙を行い、当選しました。

政策上の争点はなく、有罪判決を受けた市長が続投するかの可否を問う選挙でした。市議会は市長を支持していました。

この選挙の任期は同年6月1日だったため、改めて同年5月に立候補して無投票で当選しました。

裁判を戦いながら市長を続けていましたが、同年12月に最高裁で有罪が確定して辞職となりました。

詳しくは以下のとおりです。

【美濃加茂市議会議員選挙】

2010年10月 1,602票(当選1位 候補者24 定数18)(無所属)

【美濃加茂市長選挙】

投票日2013年6月2日 藤井 浩人(無所属)     11,394票
森 弓子(無所属)(自民党推薦) 9,138票

投票率 52.86%
投票日2017年1月29日 藤井 浩人(無所属)     19,088票
鈴木 勲(無所属)      4,105票

投票率 57.10%
投票日2017年5月21日 藤井 浩人(無所属)     (無投票)

(無投票)

藤井浩人/美濃加茂市長選挙の引退の可能性は?

藤井浩人氏にとって、今回の選挙は復活を懸けたものになります。

しかし、2017年の市長辞職時に自らの路線は後任の市長に概ね継続されていて、2018年から衆議院議員の私設秘書として活動されていたので、市政は後任に任せて国政に挑戦する選択肢もあったと思われます。

それでも、市政での理想のために選挙に臨まれたということでしょう。

当選されれば、国政について勉強されていたことも生かされると思われます。

もし落選となっても、たとえば国政とか色々な分野で挑戦されることも考えられます。

引退は考えられないと思われます。

まとめ

市議会議員選挙に26歳でトップ当選し、28歳で市長になるということは、ただ凄いとしか言いようがありません。

それも、当時の市長選では、自分は何ら後ろ盾が無いのに、市議会最大会派が擁立して自民党が推薦した相手候補に勝ってしまったのですから。

けれども、本当の凄さは更にその先にありました。

収賄容疑で逮捕・起訴されて一部の批判を受けつつも、市民と市議会の圧倒的な支持を得て市政の路線を確立して後任に継承されたこと。

その間ブレることなく一貫して堂々と無罪を主張し続けたこと。

有罪確定の後の執行猶予期間も決して無駄にすることなく、私設秘書、研究員、客員教授として活躍されていたこと。

執行猶予満了後も、新証拠を提出して再審請求を始めたこと。

この新証拠には有罪判決を下した名古屋高等裁判所が守勢に立たされている様に思われます。

この強さは、お父様が警察官だったことと関係があるかも知れないと感じました。

その家庭の倫理観に照らして無罪を確信していたのではないかとも思われます。

恐らく私設秘書・研究員としての勉強の成果を生かしたいと考えて美濃加茂市長選挙に再挑戦された面もあるのでしょう。

一方で、「混乱した市政が、せっかく安定してきたのに。」「(藤井)浩人が出れば市政がまた混乱する。勝っても負けてもあいつの政治生命は終わりだ。」「(伊藤)誠一は(藤井)浩人が後継指名した。その自分の後継者を引きずり下ろすのは人間のやることではない。」と小川恒雄岐阜県議(自民党 75)は語気を強めているそうです。

自民党は引退する小川県議の後任に藤井氏を考えていたとのことでした。

小川県議の言葉にも理はあると思います。ただ、そこには自民党本位の論理に藤井氏を取り込もうとする意図が感じられました。

伊藤市長も当時の藤井氏の路線を継承しつつも、この4年間に新型コロナ等様々な事が起き、精力的に対応された模様ですが、藤井氏が黙認できないところが出て来ても不思議ではありません。

それに決着をつけるには、確かに選挙は一つの公平な手段であり、藤井氏自身の当落に関係なく、その意義はあるともいえます。

また、「藤井浩人同志会 公式サイト」で「美濃加茂から日本を変える」と宣言されていることからも、藤井氏には地方政治にも納まり切らないものが感じられますが、「美濃加茂から」は「国や自民党には取り込まれない。」との決意を現していて、今回の市長選立候補にはその筋を通す意味もあるかも知れません。

「藤井浩人同志会 公式サイト」で自らが被告になった裁判について詳細に発信されているのも、そのあり方の一つに思われます。

再審請求中であり、現段階で軽々に藤井氏が無罪とは言えないでしょうが。

日本の司法が深刻な問題を抱えているのは周知の事実であり、藤井氏の様な一定の影響力を持つ人が、それを一つ一つ告発されているのは大事なことだと思います。