大村嘉一郎/宮崎市長選挙の経歴や家族は?年収や選挙結果も!

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市長

任期満了に伴う宮崎市長選挙(2022年1月16日告示、1月23日投開票)に新人の大村嘉一郎氏が当選を目指して立候補する意向を表明されていますので大村氏に関する情報をまとめています。

大村嘉一郎氏の

    ・経歴
    ・学歴
    ・ご家族
    ・年収
    ・実績や評判
    ・公約
    ・その他

などについて記事をまとめていこうと思います。

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大村嘉一郎/宮崎市長選挙の経歴や家族は?

名前 大村嘉一郎(おおむらかいちろう)
生年月日 1951年8月5日
出身地 宮崎市松山
最終学歴 早稲田大学政治経済学部卒業
職業(前職) 保護司
趣味 中古レコード収集

大村嘉一郎氏は地元宮崎市松山の出身で、宮崎小学校、宮崎大学附属中学校、宮崎県立宮崎南高等学校に進み、1974年に早稲田大学政治経済学部を卒業しました。

1982年、30歳頃の時に宮崎市議会議員に初当選し、以来、2011年4月の59歳の時まで通算7期連続で務められました。

いわば、ほぼ民間企業の定年退職の年齢まで市議会議員を務められたことになります。

同じく1982年から国際青年会議所セネター、1986年から宮崎市中央東自治会連合会理事、1992年から保護司、2006年から薬物乱用防止指導員、2010年から宮崎青雲理事を務めています。

「お笑いタレント」との情報も見付かっています。
コンビ「ハラハラ・ドキドキ」を2015年に結成してアマチュアのエンタメ大会「M-1グランプリ」に2017年に出場された模様です。

今回の選挙に立候補された際には、自らの社会的活動の内、「保護司」を肩書として選択されました。
保護司は、犯罪や非行をした人の立ち直りを地域で支える民間のボランティアです。保護司法に基づき、法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員とされていますが、給与は支給されません。 

大村嘉一郎氏のホームページ

大村嘉一郎 ダレナノ

Amebaプロフィール

M-1グランプリ出場

保護司 - 更生保護を支える人々

保護司ひとくちメモ

保護司関係法令
(保護司法、保護司実費弁償金支給規則、他)

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の学歴は?

大村嘉一郎氏の学歴は宮崎南高等学校卒業、早稲田大学政治経済学部卒業となります。

出身高校は?

宮崎県立宮崎南高等学校は宮崎市内に所在します。宮崎県立宮崎大淀高等学校から普通課程と家庭課程が分離する形で設置されました。

進学校として知られていて、普通科とフロンティア科とを擁しています。

フロンティア科は、文系・理系を問わず、難関大学・難関学部を目指す生徒を対象としています。

宮崎郡立職業学校(1905年開校)と宮崎農学校とが学制改革の折に1948年に統合して発足した、宮崎大淀高等学校が宮崎県立宮崎南高等学校の母胎です。

宮崎大淀高等学校から、1959年に農業系学科が独立分離して宮崎県立宮崎農業高等学校が発足し、1962年に普通課程と家庭課程とが独立分離して宮崎県立宮崎南高等学校が発足し、1965年に宮崎県立宮崎大淀高等学校から宮崎県立宮崎工業高等学校に改称した次第です。

宮崎県立宮崎南高等学校は、1994年に家政科を廃止して普通科のみとなった後、2004年に文科総合科を、2011年にフロンティア科を新設しました。(文科総合科はフロンティア科新設時に同科に統合されました)

同校出身の有名人には俳優の堺雅人氏がいます。

出身大学は?

早稲田大学は、1882年に大隈重信が創立した東京専門学校が前身です。

1902年に早稲田大学に改称されました。

慶應義塾大学と共に「私学の雄」と称され、日本の私立大学の最高峰とされることが多い大学です。

現在、政治経済学部、法学部、文化構想学部、文学部、教育学部、商学部、基幹理工学部、創造理工学部、先進理工学部、社会科学部、人間科学部、スポーツ科学部、国際教養学部の13学部と大学院、専門職大学院、学術院、附属校、系属校(例:早稲田実業高等学校等)を擁しています。

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の家族は?

大村嘉一郎氏のご家族については、直接の情報は見付かりませんでした。

しかし、これだけ地道な社会活動をされ、議員としても教育施設への提言を行って来られた背景には、奥様、お子様の存在がある様にも思われます。

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の年収は?

大村嘉一郎氏の現在の主な活動は保護司ですが、保護司には給与は支給されず、活動内容に応じて実費弁償金が支給されます。

保護司実費弁償金支給規則からは、200万円以上の年間所得は想像できません。

他の役職分の手当については不明ですが。

保護司委嘱の要件の一つに「生活が安定していること。」(保護司法第3条第1項第三号)があるので、現在、夫婦2人で暮らされているとすると、300万円以上の年間所得はあるのかも知れません。

「年金暮らしであり、支給額が十分。」ということも考えられなくはありません。

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の実績や評判は?

大村嘉一郎氏は、10年前まで現役だった宮崎市議会議員時代に関与した以下事例を自身のホームページに掲載しています。
持続可能な経済発展に取り組んで来られた印象を受けました。

➀宮崎大学の清武移転に伴う、同大学の旧跡地の活用。
 国際学部または芸術学部を持つ大学の設置をすることが緑を残すことになると主張し、
 結果、宮崎公立大学への布石となった。

➁県立看護大学の開学の提案。

➂佐土原石崎浜荘の改築における提言を行い、後の歓鯨館となった。

一方で、保護司としての活動もされています。

保護司は、更生保護を支える人々であり、法務大臣から保護司を委嘱されるには、「人格及び行動について、社会的信望を有すること。」(保護司法第3条第1項第一)が必要であり、今でも地域の方々の信望を集めている様子が窺えます。

大村嘉一郎氏のホームページ-活動報告

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の公約は?

大村嘉一郎氏は自身のホームページに「大村かいちろうの4つの理念と目標」を掲載されていて、内容は下表のとおりです。これが公約に相当すると思われます。

津波対策 東日本大震災を目の当たりにし、避難受け入れ可能なビルのオーナーと協議して避難場所の表示をする。交渉が成立した物件は、税の減免などを講じたい。
児童相談所 中核市としての風格を備える意味でも必要。DV対策など市民の相談希望や児童保護のニーズは高まる方向にある。多額の費用を要するが、合併後の旧町の建物を利用しつつ、中心となる児童相談所を子供たち母親たちのために作りたい。
自治基本条例 市議会基本条例は準備が進んでいるが、自治基本条例は停滞しているように感じる。宮崎市に類似した条例を参考にして、早期の法整備を求めたい。なお、加除修正については必要に応じて取り組めばよい。まず、市民の必要性から進めていくべきであろう。
法務局跡地 検察庁跡地については、地元スーパーが買い取り、活用されている。しかし、宮崎小学校校区には、集会所などの自治会が集まれる場所がない。そこに応用すべきではないだろうか? また、宮崎小学校の教育環境について 校舎、教室不足が深刻になっている。このため、教育研修センターを同小学校に返還し教室不足を解消することも視野に入れて取り組みたい。

大村嘉一郎氏のホームページ-私の決意

また、目下の注目は市庁舎建て替えですが、市役所本庁舎の建て替えに「財政負担が大きく必要ない」などと反対の立場で、観光振興や人口減少対策の必要性を訴えています。

宮崎日日新聞-県央展望 2022.01.05

市の財政面を考慮し、経済活性化・少子化防止を優先して無駄の無いリソース投入を目指すアプローチと思いました。

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の立候補した理由は?

大村嘉一郎氏は、「市庁舎の駅周辺への建て替えに反対する市民の受け皿になりたい」と述べられています。

費用対効果を見据えた持続可能な都市計画が大村氏の得意とする分野である模様で、宮崎市民の懸案事項の市庁舎建て替えの他、白紙のままの「アリーナ構想」の解決策もお持ちかも知れません。

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の選挙結果は?

大村嘉一郎氏は宮崎市議会議員を1982年の初当選以来2011年4月までの7期約28年間連続で務められました。

現在確認できるデータを下表にまとめてみました。

2007年4月の当選を最後に、その後は全ての宮崎市議会議員選挙に立候補するも落選が続いていたことがわかります。

2007年4月 2,059票(当選)(36位 候補者66 定数46)(自由民主党)
※最下位当選:1,670票
2011年4月 1,555票(落選)(55位 候補者73 定数46)(無所属)
※最下位当選:1,779票
2014年1月(補欠選挙) 16,190票(落選)(3位 候補者5 定数1)(無所属)※当選:31,116票
2015年4月 1,557票(落選)(52位 候補者66 定数40)(無所属)
※最下位当選:1,887票
2018年1月(補欠選挙) 16,589票(落選)(2位 候補者6 定数1)(無所属)※当選:23,940票
2019年4月 1,108票(落選)(48位 候補者56 定数40)(無所属)
※最下位当選:1,886票

落選が続いても立候補を続けられた背景には、次の自己評価があったのかも知れません。
無理な評価とまではいえないと思います。

・何れも惨敗ではない。
・民主党政権を生んだ当時の民意が元々自由民主党の大村氏に一時的に不利に働いただけ。
・特に2018年1月の選挙は落選はしたものの惜敗といってよい内容だった。

しかし、最下位当選者の得票数が上昇傾向であることと、直近の2019年4月の選挙では得票数を大きく落としたことから、「今までのことを続けていても再選は難しい。」と、ご本人も判断されたのかも知れません。

今回、初めて宮崎市長選挙に立候補されたのは、そういった背景が影響しているのかも知れません。

大村嘉一郎/宮崎市長選挙の引退の可能性は?

大村嘉一郎氏は民間企業での定年退職に相当する60歳前まで宮崎市議会議員を長期間務められました。

民間企業でいえば、定年退職後の10年間、挑戦を続けられたことになりますが。

70歳にしての大挑戦ともいえますが、落選の場合は、今回が政治家としての最後の挑戦になるかも知れないとも感じました。

とはいえ、保護司等の活動は当分は精力的に続けられることと思われます。

まとめ

保護司は宮崎市政と並んで大村嘉一郎氏の活動の核の一つを成すものであることが、よくわかりました。

元々、大村氏は早稲田大学政治経済学部の出身であり、自らの市議会での提案内容等からも、財政や都市計画に関心が強いと思われますが。

市議会議員に初当選の10年後の40歳頃に保護司になられたのには、何かの大きなきっかけがおありの様に思われます。

そして、保護司の経歴は、他の候補者の方と比較した時の大村氏の特色とも思います。

保護司法第1条に次のとおり規定されている様に、保護司には次の使命があります。

「保護司は、社会奉仕の精神をもつて、犯罪をした者の改善及び更生を助けるとともに、犯罪の予防のため世論の啓発に努め、もつて地域社会の浄化をはかり、個人及び公共の福祉に寄与することを、その使命とする」

つまり、弱者に寄り添う視点をより強くもっていると思われます。

大村氏が宮崎市議会議員を30年近く続けられ、その後も10年間挑戦し続けられたことも大したことですが、それと並行して保護司も30年間続けられていたということになります。

保護司はライフワークのひとつとして続けられる方が大勢いるそうですが、大村氏もその一人であり、頭の下がる思いです。

一方で、落選が続く間もコンビ「ハラハラ・ドキドキ」でアマチュアのエンタメ大会に出場される意外性もお持ちのようです。これは、本業の状況打開のために始められたのかも知れませんが。

また、冒頭の自身のホームページは誰かに作って貰ったのではなく自作されたものと思われ、自ら色々なことに挑戦する姿勢が窺えます。

生涯現役を絵に描いたような方と感じ入りました。